去年日記に書いた、オレンジ色の花を咲かせる雑草、ナガミヒナゲシだったorz

生態系を破壊する超繁殖力外来危険植物でした。
どうりでよく見かけるようになったわけだ。

で、今年は、ご町内に昨年度の10割増ぐらい咲いてる。
いやほんと200%か、それ以上。
外来危険種はんぱない。

けれど一時期大騒ぎしたセイタカアワダチソウも最近めっきり見なくなったし、なんのかんのでそう深刻にならなくても大丈夫なのかもしれないという思いもあります。
ブラックバス被害とか、私はよく知らないけど、今どうなってるんだろうなあ。

…まあ例えば、ニホンタンポポはセイヨウタンポポに押されて実際減ってしまったんですけどね。
だからワタシは、たんぽぽと言われてもセイヨウタンポポしか思い浮かばないし、子供向けの絵本に描かれているのもセイヨウタンポポばかりだ。

ここ一年ぐらいの日記を読み返して

あの頃の私、何を考えていたんだろうw

うまい言葉が思いつかないので臭い言葉を使うけれど、自己改革が日常の習慣なので半月経てば別人になってるから過去の自分とかよくわかんない。
いやほんと、横浜駅のようにいつも工事中。
横浜駅SFは起と承あたりまで面白かったのに終わり方の失速の残念感が半端ない。
風呂敷のたたみ方って読者サービスの精神がいるというか、適切な読者目線が必要になるよね。

我々は自分で思っているよりも世界に対して夢を見ている

世界中の人が分かり合えるなんて無理だと思う。

人の命とか、そういう基本的な(だと先進国の人が考える)事柄さえも。

人間は、そうやって状況に応じた最適解を見つけ出し、適用して何万年かを生き抜いてきた。

知力の差、五感の差、身体の差、性差、経験と教育の差、そういったものによって、人々はそれぞれ別の世界を生きている。

あなたが疑うことなく従っている自分の常識は、隣の人が意味もわからないながらも様式としてしぶしぶ従っている世の中の常識。

そうやって一定数の人々は同じ文化の内側で生きている。

夫のサイズ感がおかしい

夫は時々、大きめの小物や家電を買ってきては後悔している。

「店ではもっと小さく見えたのに」が口癖。

一方、私はあまりそんなことはなく、店でも家でもサイズ感はほぼ同じ。

だから先日、夫が「千葉都市モノレールが古い車両を売却するんだって。ウチに置こうか?」と言ったときには即答で「家を潰して車内に住むことになるけどいいの?」と返した。

その言葉に夫は「えー、そんなに大きい?」と信じていなかったので、控えめに見ても8人掛けの座席と2つの両開きドアがあるんだよ、と言いながらWikipediaで大きさを見て、約10m×2.5mで登記上のウチの庭よりも大きいよと伝えると、納得して驚いていた。

なんでも、上野動物園などのモノレールの車両は山手線なんかよりも小さいので、少し大きめのイナバ物置ぐらいの、庭にちょい置きできる程度の大きさだと思ったとか。

なんでこういう奴がプログラマーというイメージがそれなりに重要な世界でやっていけているのか、いっつも不思議で仕方がない。(腕は悪くない、ようだ)

え、一番の問題はそこじゃない、って?

夫が「車両買おうか」と言った時点で、「この人は、なんとなく面白いから物置にしようかと言っていて、本気度は約30%。ただしまたサイズ感を錯覚してる」と悟って冷静に突っ込めるから、夫婦はぼちぼち円満なんですよ。物置を新調したいのは事実だし(だからそこ?)